実は正式種目でなかった? 女子バレー!








1964東京五輪において金メダルを獲得し、
「東洋の魔女」として有名になった、日本女子バレーボールチーム。



しかし、正式な種目として認められていなかったことは、
まだあまり知られていない。



女子バレーボールが正式にオリンピック競技になったのは、
実は次のメキシコ五輪からだったのだ(男子は正式種目だった)。



当時は企業チームの日本一が、そのまま代表チームとなっており、
日紡貝塚チームが1962世界選手権で、ソ連代表を破り優勝したのを見て、
女子バレーが金メダルに最も近い位置にいた競技の一つだったことから、
参考種目として、半ば強引に認めるよう、IOCに要請した結果であった。
(この時柔道も特別種目として認めさせた)



1964東京五輪金メダルまで、
バレーボールの社会的位置は極めて低かったと言える。



せいぜい、女子工員たちが工場の昼休みに空地でする、
遊び程度にしか見られていなかった。



いくら世界選手権で優勝しても、喜んだのはバレーボール関係者だけで、
世間一般には、バレーボールのルール自体、とても普及しているとは言えなかった。



加えて高度経済成長の中、唯一おもわしくなかった、
繊維業界の産業全体のイメージアップも含め、
日紡貝塚チームは、試合をしなければならなかった。



国を背負い、産業を背負い戦うそのプレッシャーはいかばかりだったろうか。



それらを乗り越え、金メダルを獲得したことにより、
ママさんバレーの普及など、多くの取り組みが始まり人気競技となった。



今日では、W杯やグラチャンバレーなど、
日本で開催され、TV中継されることが当たり前となった女子バレー。



来たる2020東京五輪では、昔とは違うプレッシャーが選手を襲うだろうが、
それを乗り越え頂点を目指してもらいたい。